群馬大学医学部附属病院
システム統合センター 副センター長・准教授
鳥飼 幸太
出発前日の夜、予約した茶色の革靴が届いた旨のメールが届く。朝の移動の列車の中で三浦大知のダンス・ナンバーをテザリングでダウンロードする。薄曇りのサン・アントニオの Uber 乗り場の光景がデジタル一眼のWi-Fi経由でクラウドで共有される。10年前には考えもしなかった生活がある。さて、近所の薬局から処方箋の調剤ができた旨のメールが届き、CTデータをテザリングでダウンロードし、キャンプ先で軽く火傷した腕の画像が医師とクラウドで共有される、そんなデジタル医療は、ノーペアのカードをドローして突然フルハウスになるように、役者が揃ったときにある日突然現実になる。それが、インターシステムズ・グローバルサミットで4日間を体験した私の雑感である。
ブラウニーの最上級の誉め言葉に "Heavy & Dense" という表現がある。濃厚なカカオ生地にバターをリッチに練りこんで、お気に入りのチョコチップを埋め込んで、しっとりと滑らかに焼き上げた様子だ。Global Conference はまさにこのブラウニーのように、レセプションから Houston Site Visit まで、濃密で有意義なプログラムだった。
Key note での1スライド "When the rate of change outside is more than what is inside, be sure that the end is near." は、劇的に変化しているIT世界、医療のダイナミクスと、インターシステムズの決意とを重ね合わせたものだろう。ミーティングが朝7:30の朝食会場にもスケジュールされ、JW Marriot のボールルームでのディスカッションはジン・トニックや地ビールを片手に、馬車がカボチャに戻った後でも続く。
10月3日には IRIS For Health がリリースされ、いよいよ FHIR-Ready なデータベースになった。FHIR は「連続的な改訂を前提とした」規格であり、ウォーターフォール型の開発のみだった領域にも、アジャイル開発の概念と利点が強く反映されていくだろう。 インターシステムズラーニングサービスには充実したテクニカルコースが収録されている。Don Woodlock 副社長の「話しかけるカルテ」のデモンストレーションは、いよいよコンピュータとのコミュニケーションが、キーボード、マウスに次いで、「声」で可能になったことを感じさせるものだった。
Healthcare Leadership Conference の2日目では、ゲストによる(それも豪華な!)グループ・ディスカッションで、世界各地における地域医療連携を推進するために、ステークホルダー、コミュニティの形成の方法から、革新を現場に導入する方法論に至るまで、実に多面的な議論の場が Kathleen Aller 女史によって準備された。この高揚感、"Heart-Pounding" までは声では悟られまい、なんて思っていたら、MITメディアラボの Rosalind Picard 教授が、「気分を学習するAIガジェットの開発」を進めているという。私たちはいよいよ、「よく修練された医療スタッフ」や「心の機微が汲み取れるカウンセラー」しか感知できなかった、高度に知的で、感情的な領域を共有しようとしていることを感じた。
Houston Site Visit は CEO Nick Bonvino 氏の HealthConnectTX、Texas Medical Center Innovation Institute, Methodist Research Institute を巡る刺激的なツアーで、人が協調することの労苦と、それに勝る喜びがあることを感じさせてくれるものだった。日本からは、医療情報学会から本多正幸教授、東北大・中山雅晴教授、Mテクノロジー学会・土屋喬義理事長、岩手医科大学・田中良一教授、恵寿総合病院・山野辺裕二先生、IHE・塩川康成氏が参加され、国内で検討すると1-2年はかかりそうな密度のお話を伺えたことも、「とても大きなお土産」になった。時差ボケを起こさずに帰ってこれたのは、身体が頑丈だからではなく、「あまりに有意義なイベントが多すぎて眠れなかったから」だと思っている。これらを素敵な環境と、Southern Hospitality で温かくサポートしていただいたインターシステムズのスタッフの皆様、労を厭わず議論していただいた研究者、開発者の皆様に、心から感謝したい。
さて、日々新しくなるための研究開発を旨とする私たちの中でも、”技術革新は人を幸せにするのか”、という、たびたびテーマになる議論がある。AI が浸透すると、専門職が活躍してきた領域が奪われる、というものはその現代版(Current Issue)だ。しかし少し考えてみてほしい。この問題は、技術そのものにあるのではなく、それを適用する私たち自身が、人の幸福のためにその技術を役立てようとするかどうかにかかっている。自分の住んでいる地域を見渡せば、ここにも高度な医療があれば、と心底思わざるを得ないような場面はいくらでも見つけられる。そんな時はオリソン・スイート・マードンの一節を思い出そう-「 幸せを語りなさい。あなたの苦悩を除いたところで、世界は悲しみに満ちているのだから。」そして、地上で活動する私たちが抱く目標は今までと何ら変わりがないー喜んで待ち望みたいものである。幸福論のヒルティの一節もいいだろう、「幸福、それは君の行くてに立ちふさがる獅子である。たいていの人はそれを見て引き返してしまう。」
最後に、サン・アントニオでは、会場の庭園で、本物のハチドリを初めて見ることができた。写真に納めることができなかったのは、来年はボストン・テリアが待っているよ、ということなのだろう。
同内容を英語でも掲載しています。
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著者プロフィール
鳥飼 幸太
群馬大学医学部附属病院
システム統合センタ― 副センター長
重粒子線医学研究センター 准教授
先進的な医療ITシステムの設計、構築、運用に10年以上携わり、深い経験と知見を持つ。
高エネルギー 加速器研究機構、放射線医学総合研究所、重粒子線医学研究センター などを経て、2008年に群馬大学に着任。文部科学大臣表彰・科学技術賞をはじめとする多くの賞を受賞。九州大学大学院工学部(エネルギー量子工学専攻)卒業。工学博士。