社会医療法人 敬和会
執行役員
教育・研究担当部長 佐藤昇
私たちが参加した HLC のテーブルディスカッションでは、参加者の各施設での医療情報ネットワークにおける具体的な課題や解決方法などを討議した。私たちの施設はまだこれから導入する状況なので構想のみの説明になったが、アメリカやイギリスのヘルスケア施設や企業における医療情報ネットワークの構築及び運用に伴う問題点や今後の展望などを聞くことが出来た。
今回の HLC カンファレンスで学んだものの中で最も重要なことの一つは、広域での多数の医療機関間での医療情報ネットワークの構築の困難さは日本に限らず、アメリカやイギリスでも同様であるということだ。
特にイギリスでは、NHSという組織が一元的に管理しているので比較的容易であろうと想像していたのだが現実はさもあらずで、おなじ NHS でも地域や施設によって使用している医療システムなどが異なるためそれらを機能的に繋ぐのは極めて技術的、政治的に難易度の高い事業のようだ。インターシステムズの御尽力で、私たちと個別にディスカッションする機会を頂いた、イギリスの精神疾患患者を中心とした広域ネットワークである、Your Care Connected を構築した Birmingham and Solihull Mental Health NHS Foundation Trust の James Reed 先生も完成までにはかなりのご苦労があったとのことであった。
しかしさらに重要なのは、多大な時間・労力・資金を投入してネットワークの物理的構築が完成したとしても、それ即ちプロジェクトの成功にはつながらないということである。
私たちが今回の HLC のセッションの中で特に興味のあった、英国ロンドンにおける終末期医療の電子医療ネットワークシステムに関するプレゼンテーションでもそのことに触れられていた。
この CMC (Coordinate My Care) ネットワークは、ロンドンの王立マースデン病院教授の Julia Riley 先生がリーダーとなり、終末期医療を受ける患者さん達に少しでも精神的負担を軽減し、自分の望む最後の選択を尊重してもらえるように2010 年に導入したものだ。国が推進している電子緩和ケアコーディネイションシステムを独自のアイデアを加えて運営、普及させることに成功している。私たちも今後在宅医療をヘルスケア体制の中心に据えた Transitional Care を積極的に推進していく計画を持つことからとても参考となる貴重な情報を得ることができた。
特に印象的だったのは、システム完成後の導入当初は、日本と同じように自分の最期の状況を前もって想像し対応法を選択することに多くの患者さんたちが強い抵抗を示したため、加入に同意してもらうのが大変困難であったということである。それを、他の医師や臨床心理士を含めた多くの医療関係者たちと協力しながら根気強く活動を継続した結果、徐々に信頼を得ることができ普及させていくことに成功したのだそうだ。
つまり、いくら IT を導入し物理的ネットワーク環境を構築しても、最終的には人と人との信頼関係を築き上げることが出来なければ社会に貢献することは不可能であるということを強く感じた。
それに関しては HLC のセッションでアメリカの参加者からも同様な意見が聞かれた。例えば地域のヘルスケア企業が効率化の目的で莫大な投資をして IT ネットワークを導入してもなかなか当初期待されたような効果を得ることは困難であるということだ。
その点では、アメリカの HMO のひとつである Kaiser Permanente は数少ない成功を収めている企業といえる。その秘訣として、以前別の機会に当社に訪問した際に学んだことは、独自の高度に進化した IT 化だけではなく、あまり外部には知られていないようだが、医師を中心とした非常に精緻で高度に体系化された一元的な人材育成システムを所属する全ての医療機関に導入していることである。
つまり、前述の CMC の例と同様に IT の物理的環境整備だけで完結するのでは無く、一般的に見過ごされがちではあるが、それを実際に使う’人’にどれだけの時間・情熱・資金を投資できるかが成否の分かれ目になるのではないかと考えられる。つまり DX を真に実現するためには、物理的なデジタルトランスフォーメーションだけではだめで、それを使う人も進化させ両者を融合させることが必須なのであろう。冒頭で述べた空中回廊やスペースデザインではないが、人を生かすためのインフラとしての役割の原点に立ち返った考え方も必要なのではないかと感じた。
ついでに‘人’に関連して一つだけ付け加えたい。カンファレンス後にホテルのバーで、インターシステムズ Asia Pacific のマネージング・ディレクター Kerry Stratton 氏 とご一緒する機会があった。その際、現時点での諸外国へのインターシステムズの医療 IT システムの展開状況の情報を得ると共に、数十年前に同社が医療分野に注力するようになったそもそものいきさつを聞くことが出来た。
今では大河のように巨大になったグローバル IT 企業でも、やはり最初の頃は山頂にある小さな湧き水の源流のように、志を共にする人たちが核となってビジョンを育み、それに共感する人々が次々と集まることによって大きく発展してきたインターシステムズ社の歴史を垣間見ることが出来たような気がした。
最後に、今回の HLC への初参加で、カンファレンスそのものに勝るとも劣らぬ収穫は、日本から参加された医療情報インフラに造詣の深い先生方とお知り合いになれたことである。日本にいたら、このようにピンポイントでインターシステムズの医療 IT インフラにご興味をお持ちの先生方に同時にお会いすることはまず不可能であったであろう。
やはり当初は、私たちのような地方の一医療法人の医師が、どうしてこのような海外の専門的なカンファレンスに参加したのか疑問に思われた方も少なくなかったようだ。ただ、私たちが DWH などの IT を積極的に導入し、それを使いこなせる人材を育てて行くことにより、迫りくる大変革の時代に適応する準備をしている旨説明すると、皆さんに多少なりともご理解いただけたのではないかと思う。これもインターシステムズの方々がとりなしてくれた貴重なご縁と考え、今後とも大切にしていきたいと思う。
ボストン市内の水陸両用バス観光の後、ケンブリッジの川辺にあるインターシステムズのヘッドクォーターの庭でディナーパーティーが催された。パーティー中、希望者はビル内の解放された部屋などを見学したりソファでくつろいだりと非常にオープンな雰囲気であった。