医療情報連携プラットフォームの整備はこれまでも医療ITの課題として挙がってきましたが、
令和の今、その解決手段として国際規格HL7 FHIRが注目されています。
本記事ではHL7 FHIRとは何かについての概要解説と、HL7 FHIRの効果的な活用方法を考察します。
キヤノンメディカルシステムズ株式会社
ヘルスケアIT第二事業部
エンタープライズITマーケティング担当
塩川 康成
新しい時代における医療ITの課題
新しい「令和」の時代が始まった。美しき調和を意味するこの時代が、日本の医療ITでも体現されることを期待したい。
思えば日本は昭和時代に、終戦後ゼロから力強く経済を復興させ、世界に冠たる経済大国になった。その成功要因の一つとして、工業技術の高さが挙げられるだろう。中でも技術標準の整備とその活用を徹底することで、産業に競争が生まれ活況を呈し、多種多様なアイデアや、小型高性能の機器が競って生み出された。自動車産業に代表されるように、日本の国際進出は前途洋々の一時代を築いた。
平成に入ると日本はバブル崩壊後の経済低迷から脱却できず、いくつかの新聞では「停滞の時代」という表現を使っている。鮮やかに成功した機械産業の成功体験からか、世の中がハードウェアからソフトウェアにシフトしていく、その潮流を読む感度を鈍らせ、結果うまく乗れなかったのが今の日本である、という論調に筆者も一票を投じたい。
さて、本題の医療である。IT活用は常に課題として上がっているが、一見、病院には電子カルテが入り、今や画像検査はデジタル化されフィルムレスが進んでいる。ところが、世の中は多様化が進み、ある一つの要件では満足できないことが増えた。医療においては院内のIT要求への高度化だけでなく、外部施設との情報交換や、地域、広域としての医療基盤が必要となってきた。AI も Deep Learning の登場によってブレークスルーし、デバイス進化も速く IoT で新たな情報が次々とネットに乗って発生する。少なくともこれまでと同じようなやり方では、この増大するニーズに対応できなくなっている。
HL7 FHIR とは
このニーズの変化は日本だけでなく、欧米でも同じことが起こっている。したがって生産性を高めてこの難局を乗り越える必要があるのだが、もともと欧米では地理的、文化的に多様性に対処するための共通言語開発「標準化」を進めやすい素地があった。米国で生まれた医療情報の標準化団体である HL7(Health Level 7)は、医療情報をシステム間でやり取りするための標準規格を定義している。テキスト形式のV2から始まり、XMLで医療文書を表現する CDA を生み出し、それら規格は世界中で使われるようになった。
FHIR はそれを一歩進める次世代規格を目指している。もともと HL7 はデータのフォーマットや構造を定義し、それを皆が同様に実装することで相互運用性を確保してきた。FHIR も本質的には同じではあるが、次の2つの要素でさらに生産性を高める工夫をした
- 一般的なWeb通信技術である REST を採用し、リソースの定義を行った。
- FHIR リソースを扱い通信するプログラムを開発し、オープンソースで公開した。
これにより、開発者は FHIR リソースを扱う上ではプログラムを一から組む必要がなく、公開されているライブラリ群から組み込むだけで済むようになる。プログラムは設計する時間だけでなく、正しく動くか検証する時間も必要だが、そこもすっ飛ばすことができる。REST を採用したことで、新たに医療 ITに参入したいエンジニアも特殊な技術習得なく、データ連携の仕組みを開発できる。
さらに FHIR には、過去の HL7 での実装物に対する資産転用を意識し
- 4つの Paradigm 概念で、V2, V3, CDA と FHIR 間のデータマッピングを容易にした。
という特長も持つ。これにより、過去の HL7 資産と FHIR での資産を分離することなく、取り扱うことを可能としている。例えば CDA でこれまで積み上げた医療データも、FHIR を使って REST を用い、モバイル端末で取得、参照する仕組みを楽に構築できる。
何にでも「裏の側面」はある
…という話をしていくと、FHIR がとてつもなくバラ色の仕組みに見えてしまうだろう。すべての医療情報(画像を除く)は FHIR で共有する形に切り替え、過去の資産も REST で吸い上げ、FHIR リソースで置き換えてしまえばよい、とも思えてしまう。
ただ、世の中には必ず「裏の側面」が存在する。FHIR も一見便利そうな半面、その扱いには注意を要する。よく考えてほしい。先述の通りFHIR は根本的にはフォーマットの定義でしかない。確かにFHIRにはリソースを構造的に組み合わせて扱う Bundle という概念や、さらにユースケースを意識し構造化ができるProfileという概念が存在し、統一的なリソース群提供を目指してはいる。しかし、その利用は自由である上に、利用者が個別要件に応じてリソースを Extension(拡張)することもできてしまう。即ち、放っておけば似て非なる様々な形のFHIR リソース群が生まれかねない。リソースの使い方には、別途、統合的な思想が必要だ。
リソース定義の「成熟度」が低い点も大きな課題だ。R4が登場し、ついに Trial Use の但し書きは取れたのだが、実際に Normative(定義が固まった)リソースは、Foundation というシステム的なリソース群を除くと、原稿執筆時点でたった2つ(Patient と Observation)しかない。他のリソースはフォーマットが変わる可能性があり、バージョンアップの度に利用者は自身のプログラムに影響が出ないかを確認する必要がある。
オープンソースのプログラムも実装上便利ではあるが、無意識に組み込むとその品質はブラックボックスと言える。医療という業態故、その製品品質は最終的には利用者が保証せねばならない。
効果的に活用するために
リソース定義のゆらぎや、オープンソース故の品質問題については、第三者にその保証を肩代わりしてもらうことで、安心してFHIRを活用する方策があるだろう。例えば、インターシステムズでは InterSystems HealthShare / InterSystems IRIS for Health 製品にて、FHIR の通信インターフェイスを製品の機構として持ち合わせており、DSTU2 や STU3 で対応している。R4 以降の Update にも順次対応する予定だ。筆者の所属するキヤノンメディカルシステムズは、このインターシステムズの基礎技術をベースとし、同社の持つ医療現場に必要な IT 機能を載せた新たな統合医療情報環境の製品提案を行っている。もちろん費用はかかってしまうが、こういった製品を導入することで、FHIR が持つリスク分散を図ることは可能である。
新しい技術が出ると、ついつい既存技術からの置き換えを意識しがちだが、そこは冷静になる必要がある。FHIR での通信は、結局 REST になる。特に施設内のネットワーク網では、ソケット通信を活用した HL7 V2 や CDA での連携のほうが、シンプルで有利な面もある。費用対効果を考えても、安定稼働している仕組みを廃止してまで、FHIR に載せ替える必要はまったくない。むしろ FHIR の4つの Paradigm を上手に使って、新しいデバイスと既存の仕組みと組み合わせて使う、という選択をすべきだろう。
問題は FHIR のリソースを、いかに相互運用性を確保しながら使うか、である。筆者はIHEの役割が重要と考えている。IHE は HL7 や画像通信標準である DICOM 規格を、病院内のユースケースに合わせてどう使うか、を整理し、技術定義書をまとめている団体で、FHIR についても徐々にその定義書に組み込み始めている。2018年より HL7 と IHE は Project GEMINI という共同プロジェクトを立ち上げた。ここでは IHE のノウハウで医療機関のユースケースを整理しつつ、HL7 の FHIR をいかに使うかを整理する。
日本では、未だこういった活動が正式には立ち上がっていないようだが、IHE をベースに日本独自の要件を盛り込んだ利用手順整備が進むことを期待する。
最後に
日本は IT 活用に成功していない、と言われる。時間当たり労働生産性は47.5ドルで、OECD 加盟36カ国中、なんと20位という後塵を拝している*。このままでは冒頭で述べたように医療ITに対する増大するニーズをとてもこなしきれない。
欧米では近年、国を挙げて医療情報連携プラットフォームを標準的手順で整備する動きが増えている。言わば電力網や道路網を整備するような感覚で、医療ネットワーク網を整備する事業と言えるだろう。他方、日本においては個々の施設、地域でのプラットフォーム整備を、優秀な日本の企業が個々のアイデアで作り上げてきた。しかし、このままでは相互運用性が制限され、データの利活用も進まない負の側面も見えてきた。
そんな中で、 FHIR は未熟ではあるが、IHE 等と共にうまく活用すれば生産性高く医療情報連携を構築できそうだ。特に新しいデバイスとの連携や、REST 通信が必須の広域な医療情報ネットワークの構築といった用途に強みを発揮するだろう。既存の資産は活かしつつ、相互運用性を確保した医療情報プラットフォームを、FHIR を使って日本でも構築されることを期待する。AI の話題は連日華々しく報道される。しかし、それも地味だが強固な情報プラットフォームがあってこそ、本来の威力を発揮できるはずだ。
新旧の情報資産の調和。まさに、令和の時代にふさわしい仕事と言えるだろう。
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* 公益財団法人日本生産性本部 プレスリリース 2018年12月19日の記事より
https://www.jpc-net.jp/intl_comparison/intl_comparison_2018_press.pdf
※ 文中の HL7®、FHIR®、その他各社団体資産の商標表示を省略しております。